【ばけばけ第24週第120回あらすじ ネタバレ感想】

「パパの本を、ずっと読みたかった」——そのたった一言が、行き詰まっていたヘブンの人生を動かしました。ばけばけ第24週第120話は、週タイトル「カイダン、カク、シマス。」が文字通り実現した、最終週前夜の感動回です。蝋燭の淡い光の中で始まる怪談語り、柱に増え続けるメモ、そしてついに誕生した一冊の本——。朝ドラ史に残るかもしれない美しい瞬間を、今回も目撃してしまいました。

目次

「ばけばけ」第24週第120話 あらすじ

ベストセラーを書かなければという焦りで行き詰まっていたヘブンは、トキが「学がない私でも読める、楽しい本を書いてほしい」と冗談めかして提案したことで、視界が一気に開けます。トキが読みたいもの——それは怪談。ヘブンのリテラリーアシスタント(通称シジミリーA)として怪談集めに奔走するトキ。のっぺらぼう、五つ首、雪女、そして耳なし芳一……。夜ごと怪談を語り聞かせる日々が続き、柱には増え続けるメモ。そしてついにヘブンが「書けた。私が読める本を書けた」と完成を告げます。タイトルは「怪談(KWAIDAN)」。二人で作り上げた、世界へ届く名著の誕生です。

「ずっと読みたかった」——トキの一言が生んだ奇跡の転換

この120話、最初の数分で早くも心をつかまれてしまいました。

ベストセラーを書かなければと焦り続け、どつぼにはまっていたヘブン。そのヘブンに向かって、トキがぽつりとこんな言葉を口にします。

「ずっと読みたかった。パパの本。だけん。学がない私でも。読めるの本。楽しいの本。書いてくれませんか?あっ、冗談冗談。冗談だけん。そげなの無理なこと分かってるし。」

すぐに「冗談」と笑い飛ばそうとするあたり、いかにもトキらしいのですが、ヘブンはこのセリフに電撃を受けたかのように反応します。

「ベストセラーしなくては。ずっと考えてた。終わり人間ない。そればかり。でも。ママさん。のため。素晴らしい。ママさんのため。書きたい。ママさん。話せる。読める。の話。書きます。」

この台詞のリズムが、またたまらないんですよね。片言の日本語の中に、ヘブンの本気が滲み出ていて。「ベストセラー」という外からの目標ではなく、「ママさんのため」という内側からの動機に切り替わった瞬間、ヘブンの表情が明らかに変わって見えました。

では「ママさんが読みたいもの」って何だろう?家族が声を揃えて首をひねる中で、答えはあっけなく出てきます。

「怪談。必要。集めて。本する。新しい怪談必要。集めて聞かせて。願います。」

怪談! そう、最初から答えはそこにあったんです。視聴者のみなさんなら「そりゃそうだ!」と思わず膝を打ったのではないでしょうか。

シジミリーA誕生!怪談集めに奔走するトキとにぎやかな家族

怪談執筆を宣言したヘブンは、すぐにトキに向かってこう続けます。

「私日本語読めない。集めれない。ごめんなさい。」

するとトキが間髪入れずに返したのが、

「いえいえ。お任せ。私。リテラリーアシスタント。ですけん。よし。」

「リテラリーアシスタント」——通称シジミリーA。この言葉が出た瞬間の、トキの晴れやかな顔がとても好きでした。自分の役割を見つけた人間の顔というか、「これが私のいる場所だ」という確信に満ちた表情に見えて。

早速始まる怪談集め。蛇(阿佐ヶ谷姉妹)が「さあ、早速怪談集めの始まりよ。おトキちゃん生き生きしてるわね。ガンバガンバね。」と温かく見守る中、トキは方々から怪談を集めてきます。柱に貼られるメモがどんどん増えていく演出が、二人の作業の積み重ねを視覚的に力強く表現していて。アニメ的な演出と評する声もSNS上で見られましたが、確かにこの「メモが増えていく」カットは静かながらも印象的でした。

家族の反応も微笑ましかったですね。子どもたちが「パパとママのあの感じは確かにちょっと怖いかも」と言い合うくだりは、大人の真剣さと子どもの無邪気さの対比がじんわり可笑しくて。こういうコミカルな日常描写を差し込んでくれるから、朝ドラって見ていて疲れないんですよね。

蝋燭の灯りの下で——夜ごとの怪談語りが美しすぎた

のっぺらぼうから雪女まで——髙石あかりの表現力が凄い

シジミリーAとして働くトキの最大の武器は、もちろん怪談語りです。夜、蝋燭の淡い光の中でトキがヘブンに語り聞かせるシーンは、120話の中でも特別に美しい場面でした。

のっぺらぼうのシーンでは、トキがこう語ります。

「ゆっくり。ゆっくりとこちらを向くと。目も鼻も口もないのっぺらぼうであった。商人の叫び声とともに辺りは真っ暗になった。」

ヘブンが「素晴らしい。あ。もういっぺん願います。」と目を輝かせ、トキが「はい。何遍でも何十遍でも語りますけん。」と笑う。この二人の息がぴったり合った瞬間、「ああ、この二人は本当に良いコンビだな」と改めて実感しました。

続く五つ首の場面では、トキが一段と迫力を増した語りを見せます。

「目をカッと見開き、髪は逆立ち、首を空高く伸ばして叫んだ。あの坊主を探せ。死ぬ前に食らいついて八つ裂きにして貪り食ってくれるわ。どこに行った?あそこじゃ。そう言うと、五つの首がずわーっと僧侶に向かって飛びかかった。」

髙石あかりさんの声の演技の振り幅が、このシーンでまざまざと発揮されていました。そして雪女では、

「夢だったのか、雪女だったのか、俺にはわからない。蓑吉はそう言うと、お雪がぐーっと顔を近づけ。あれは私。この私。子供たちのことがなければ、この瞬間にもお前の命を奪っていたものを。そう叫ぶと、お雪は白く輝く霧のように、さーっと空へ消えていった。」

怖さの中に哀しさと美しさが同居する場面で、ヘブンが食い入るように聞いている姿がまた良くて。「2周視聴した」「音楽と合わさって心揺さぶられる」とSNS上で多くの声が上がっていたのも、心から納得でした。

「耳なし芳一」——第120話最大の見せ場

そしてこの話のクライマックスといえば、耳なし芳一のシーンです。

「私、盲目でございます。どなたでございますか?」

「芳一。何も怖がることはない。開門。」

「芳一でございます。」

「こんな日々が幾晩も続きました。」

台詞の数は多くないのですが、ヘブン役トミー・バストウさんの真剣な眼差しと、トキの声の変化が相まって、ゾクッとするような静かな緊張感がありました。光と影で感情を語るような演出が、まるで紙芝居を眺めているような感覚を生み出していて。陰影による心理描写がこれほど効果的に使われるシーンは、このドラマでも随一だったと思います。

幾晩も続いた語りの積み重ね。それが柱のメモとなり、やがて一冊の本として結実していく——その過程が丁寧に描かれていたからこそ、次の完成シーンの感動が倍になりました。

ついに完成!「二人で書いた」が泣ける理由

そしてついにその瞬間がやってきます。

「書けたの。私が読めるを書けた。」

「ついにベストセラーだ。」

「怪談言います。怪談。」

「二人で考えた。」

「二人で書いた。考えた。やりましたね。」

「おめでとう。おめでとう。」

シンプルな言葉のやり取りなのに、涙が出そうになってしまいました。「二人で考えた」「二人で書いた」という言葉の繰り返しに、この物語全てが詰まっている気がして。

ヘブンは英語でこんな手紙を綴っています。

「I have finished writing my last book. While I hope it becomes a bestseller, for the moment I’m simply content.」

(最後の本を書き終えた。ベストセラーになることを願っているが、今はただ満たされている。)

「simply content(ただ満たされている)」——この言葉の重みを、物語の序盤を思い返しながら噛みしめると、胸がいっぱいになります。ベストセラーへの焦りを手放して、「ただ満たされている」と書けるようになったヘブンの変化が、この一文にすべて込められていました。

イライザの「幼稚だ!」は批判か、それとも伏線か?

この感動の余韻をぶち破るように届くのが、イライザの言葉です。

「Why? Why of all things would he write something so childish? Why?」 (なぜ?なぜよりによってこんな幼稚なものを書いたの?なぜ?)

SNS上でも「イライザが言う『幼稚だ』の言葉の意味は?」と考察の声が多数上がっていました。商業的な成功を見込めないと判断したのか、欧米の読者に向けた作品として物足りないと思ったのか——その真意は次週に持ち越されます。

ただ、史実と照らし合わせると非常に興味深い場面でもあるんですよね。次の章で詳しく触れますが、実際の『怪談』が生前に即ベストセラーとはならなかったという事実が、イライザの怒りと微妙に重なるようで。ドラマの演出として意図的な対比なのかもしれません。

小泉八雲の『怪談』は売れたのか?海外の反応は?

ドラマを見ながら「本当に売れたの?」と気になった方も多いと思うので、少し史実を補足しておきます。

実は、現在では小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の代表作として広く知られている『怪談(KWAIDAN)』ですが、生前の1904年刊行時には即ベストセラーとはなりませんでした。ドラマの制作統括によれば「八雲最大のベストセラーは『知られぬ日本の面影』で、『怪談』が評価されて売れ始めたのは没後、昭和に入ってから」とのことです。

海外でも当初はすぐに広まらなかったそうで、日本語の固有名詞がそのまま残されていたこともあり「とっつきにくい本」と言われた時期もあったとか。イライザの「幼稚だ!」という怒りが、奇しくも当時の出版市場の実情とリンクしているように見えて、脚本の巧みさに唸りました。

しかし現在の評価は——まさに世界的ロングセラーです。日本語・英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・中国語・スペイン語・トルコ語・ポーランド語・デンマーク語など多数の言語に翻訳され、1964年には小林正樹監督の映画『怪談』がカンヌ映画祭でも高く評価されたことで、さらに世界中に広まりました。

海外の読者からは「日本の怪奇話は独特の雰囲気がある」「西洋の読者に届けやすい形で日本文化を紹介した功績は大きい」と今も絶えず高評価が寄せられています。近年も各国で没入型展覧会や版画展が開催されるなど、再評価の波は続いています。

イライザが「幼稚だ!」と憤慨したあの本が、時を超えて世界中で愛される名著になる——ドラマと史実がこういう形で呼応しているのが、『ばけばけ』という作品の奥深さだと改めて感じます。

まとめ——第120話の見どころと伏線

  • 「ずっと読みたかった」というトキの一言が、ベストセラー至上主義から「ママさんのため」への転換を生み出し、物語が動き出した
  • 「リテラリーアシスタント(シジミリーA)」の誕生——自分の役割を見つけたトキの晴れやかな表情が印象的
  • 蝋燭の灯りと陰影を使った怪談語りの演出が視覚的にも圧巻で、まるで紙芝居のような世界観を作り出していた
  • 耳なし芳一のシーンが120話のクライマックス。幾晩もの積み重ねが一冊の本を生んだことが、柱のメモで視覚的に示された
  • 「二人で書いた」「simply content」という言葉の重み——最終週前夜に相応しい感動の頂点
  • イライザの「幼稚だ!」は史実と重なる伏線。生前に即ベストセラーとはならなかった『怪談』の歴史的事実が、次週の展開に影を落とす

残り5話。最終週突入の予告でトキがヘブンの名前を何度も呼ぶシーンは、すでに「ばけばけロス」を予感させるものでした。来週も目が離せません。

本記事はNHK連続テレビ小説「ばけばけ」第24週第120話(2026年3月20日放送)をもとに執筆しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次