最終週が始まった瞬間、胸がきゅっとなりました。
アメリカからKWAIDANの本が届いて、家族みんなで大はしゃぎして、丈さんが翻訳してくれた日本語版をトキが夢中で読んで——あれだけ明るかった空気が、ヘブンさんの「胸、痛み」のひと言で一変するんです。遺言書を用意していた夫が、「昼寝したら治りました」とさらっと嘘をつく。その優しさが、史実の小泉八雲と重なって、どうしようもなく苦しくなりました。
「ばけばけ」第25週第121話 あらすじ
9月半ば、トキとヘブンのもとにアメリカから大きな荷物が届く。中身はふたりで作り上げた「KWAIDAN(怪談)」の本。家族全員が大喜びするなか、ヘブンはイライザからの書評を静かに隠し読んでいた。さらにジョーが、トキのために日本語訳版も持参。トキは部屋でKWAIDANを読みふける。一方ヘブンはトキに「胸に痛みがある、医者に行った、財産はすべてあなたに、骨を入れるための小瓶も買った」と告白。しかし翌日、「昼寝したら治った」と笑ってみせる。その小瓶が、静かに画面に映り続けていた。
「財産、全てママさんに」——ヘブンの遺言告白と、優しすぎる嘘
今回いちばん胸に刺さったのは、ヘブンさんがトキにした告白と、その日の夜の「嘘」のセットです。
明るいパーティーが終わって、ヘブンさんが静かにトキを呼び止めます。
「財産、全てママさんに書いてあります。この痛み、大きくなったら死ぬでしょう。死にますとも。」
さらにこう続けます。
「小さい便、買った。私の骨入れるため。そして寂しい思わない。埋めるしてくだされ。」
骨壺を自分で買ってきた。それを静かに、でも真正面から伝えるヘブンさんの言葉に、言葉を失いました。トキが「待って」と押し止めようとするなか、ヘブンさんはこう言います。
「悲しむ私、喜ばない。ママさん、子供とカルタして遊ぶ。いかに私それ喜ぶ。」
死を覚悟した夫が、妻に残した最後のお願いが「子供とカルタして遊んでほしい」。胸の痛みで余命を意識しながら、妻の笑顔だけを願っている——そのあまりの純粋さに、思わず目が熱くなりました。
ところが翌日。眠そうな顔で部屋に現れたヘブンさんは、あっさりこう言います。
「ごめんなさい。ママさん、治りました。」
「胸、痛みあり。医者、行った。でも昼寝、治りました。」
「冗談やめてごしなさい。達者だないですか」と怒るトキ。でも視聴者は知っています。これは嘘です。やさしい、やさしい嘘です。
小瓶が映った意味——ただの砂時計じゃない
このシーン、ラストにさりげなく「小さい瓶」が映るんです。トキが「次妙なこと言ったら小さい瓶に入れますけどね」と笑い飛ばすと、司之介が「なんじゃい、小さい瓶とは」と聞く。フミは「砂時計かしらね」と誤魔化すのですが——あの瓶が骨壺のために買われたものだと知っている視聴者には、笑えないシーンです。SNSでも「小瓶が何かを象徴してるようで、切なく寂しいです」という声が多く見られました。ロングショットで静かに映し出される小瓶の存在感は、このドラマらしい、セリフ以上に饒舌な演出でした。
「悲しむ私、喜ぶない」という愛の形
史実の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は1904年9月、心臓発作でこの世を去っています。「KWAIDAN」の出版はその年の4月。奇しくも、本の完成から半年も経たずに逝ったのです。ヘブンさんの「胸の痛み」は、史実の狭心症的症状と重なります。「ばけばけ」の脚本は、この史実の悲劇を最終週に真正面から描きながら、ヘブンさんが「トキに悲しんでほしくない」という愛のかたちを通して見せてくれています。史実を知っていても、知らなくても——この告白シーンは、じんわりと重く、美しく残ります。
「世界一本です」——KWAIDANの到着と、隠された書評
暗い話の前に、121話の前半はとびきり明るいシーンから始まります。
アメリカから届いた荷物の中には、トキとヘブンさんがふたりで作り上げた「KWAIDAN(怪談)」の本が。勘太が「これパパとママで書いた本」と大はしゃぎするなか、ヘブンさんはトキに一冊を差し出します。
「Yes。2人の本。だから一番はママさんに。」
「ありがとう、ママさん。」
トキが「お礼を言うのは私です。ありがとう、パパさん」と答えるこのやり取り、夫婦のちょうどいい距離感がにじみ出ていてほっこりします。さらにヘブンさんは「本来、怪談』と読むのね」とトキに教えながら、イライザからの書評を笑顔で「エライザ、怪談、アメリカ大層売れてる。人気。イライザもなんぼ面白い」と伝えます。
でも、あれはそのままの内容じゃなかった。
家族の大はしゃぎと、ヘブンが見せなかった顔
実際には、書評の内容は芳しくなかったようです。「子供だましの民話集」に近い評価だったと示唆されていました。ヘブンさんはそれを家族に隠し、笑顔でいい話だけを伝えた。おそらく、このストレスも「胸の痛み」に関係しているのかもしれません。
光あふれる家族のパーティーシーンと、ひとり暗い廊下を歩くヘブンさん——このコントラストが、最終週の「うらめしいけどすばらしい」というテーマをそのまま体現していました。
小泉八雲「怪談」——史実と121話の交差点
史実の「Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things」は1904年4月2日、アメリカのHoughton Mifflin社から出版されました。収録されているのは17編の怪談と3編の虫の研究。「耳なし芳一」「雪女」「ろくろ首」「むじな」など、誰もが聞いたことのある話ばかりです。
そしてほぼすべての怪談の語り手は、妻のセツ(小泉セツ、ドラマのトキのモデル)。史実でも「夫婦の合作」だったわけです。
ヘブンさんが「2人の本。だから一番はママさんに」と言うのは、まさにその史実を踏まえた言葉でした。この一冊は、トキの言葉、トキの記憶、トキの怪談愛が詰まっている。だからこそ——
「おトキさん、あなたの話、あなたの言葉、あなたの考え、全て詰まってます。世界一本です。」
このセリフが、単なるほめ言葉ではなく、ヘブンさんの人生の総決算として響くのです。
行燈と蝋燭——光と闇のコントラストが語ったもの
121話で特に印象的だったのは、映像の作り方です。
本を手にして部屋でKWAIDANを読みふけるトキ。行燈の温かな明かりの中で夢中になっている。一方、その夜ひとり廊下を歩くヘブンさんは、手に燭台を持ち、暗い闇の中に向かっていく。同じ家の、すぐそばにいるふたりが、あまりにも違う世界にいるように見えました。
「生と死のはざまを描き続けたこのドラマでは、死にゆく人の姿も現実と異界のように曖昧に、しかしくっきりと描かれる」——そんな言葉がSNSで広まっていましたが、まさにその通りだと感じました。昔の日本の夜は本当に暗かった。だからこそ闇に何かが見え、怪談が生まれた。その「闇」がこのドラマの演出の根底にずっとある気がしています。
トキが読みふける闇の中のお雪のセリフ
トキがKWAIDANを読む声として流れるのが、「雪女」の一節です。
「なぜ喋ったのです。あの時会った女はこの私。喋ったら命はないと言ったではありませんか!」
雪女は「秘密を話したら殺す」と約束させながら、その約束を破った夫を責める場面。これをトキが声に出して読んでいるとき、廊下のヘブンさんは胸の病を抱えてひとり歩いていた。「秘密を隠す」「妻に言えない」——怪談のテーマがそのまま現実に重なっていて、ぞわっとしました。脚本の仕掛けが細かくて、唸らされます。
丈さんの翻訳という贈り物——トキがKWAIDANを読めた理由
もうひとつ、この回で泣きそうになったのが、丈が日本語版を持ってきてくれるシーンです。
「おトキさんが読めるご本だと言いながら読めました?」
「なので先生が私におトキさんが読めるよう日本語にしてほしいと言ってこられ、こちら日本語の怪談です。」
「読める本をお願いしたけど、学のないけ読めん思っちょった」と驚くトキ。ヘブンさんが丈に翻訳を頼んでいたのです。
英語しか読めないトキのために、夫が密かに手配した日本語訳。しかも、あのKWAIDANは「トキの言葉」から生まれた本なのに、日本語では読めなかった。その矛盾を解消してあげたかったんでしょうか。「また金縛りにあいそうです。パパさん。ほんとにありがとう。私のために」とトキが言う場面は、ふたりの関係性の深さがじんわり伝わってきました。
なお、SNSでは「丈くんの扱いがすっかり錦織みたいになってきた」という声も(笑)。頑張って翻訳したのに、サラッと流されてしまった丈さん……どうかご安心ください、ちゃんと視聴者は見ていますよ。
H2⑤ まとめ——121話の見どころ・伏線
- ヘブンさんの「胸の痛み」は史実の小泉八雲の健康悪化と重なる。1904年9月に心臓発作で亡くなった八雲の最期が、最終週でいよいよ描かれようとしている。
- 遺言書と小瓶はただの小道具ではなく、ヘブンさんの「覚悟」を示す重要なアイテム。「砂時計かしらね」というトキの誤魔化しが、かえって切ない。
- 書評を家族に隠したヘブンさん。「ベストセラー」と伝えた言葉の裏に、自分が抱えるストレスと愛情が見える。
- 行燈と蝋燭の光のコントラストが、生きるトキと死に向かうヘブンさんを静かに分けていた演出は圧巻。
- 「雪女」のセリフが現実とリンク。秘密を隠す怪談をトキが読む横で、秘密を隠してヘブンさんが歩く——脚本の二重構造が美しい。
- 丈さんが翻訳した日本語版怪談は、ヘブンさんの「トキに自分の本を読んでほしい」という愛の贈り物。小泉八雲とセツの史実に忠実な、夫婦合作の完成形。
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