まさか、こんなに早く、こんなに静かに逝ってしまうとは。
ばけばけ第25週・第122話、タイトルは「ウラメシ、ケド、スバラシ。」。ヘブンさん(トミー・バストウ)が子供たちとかるた遊びをして、縁側でおトキ(髙石あかり)と穏やかに語り合い、そのまま静かに息を引き取りました。泣いた、とにかく泣きました。主題歌もなく、台詞での説明もなく、ただ白い光の中へ消えていくヘブンさんの姿に、言葉が出てきませんでした。
「ばけばけ」第25週第122話 あらすじ
庭に季節外れの桜が返り咲いているのを見て、おトキは胸騒ぎを覚えます。一方のヘブンさんは「綺麗。嬉しい」とただただ桜を愛でていました。食事の席では魚の小骨取りをおトキにお願いし、ふたりは花田旅館での昔話に花を咲かせます。夕方、縁側に腰を下ろしたヘブンさんは、子供たちとかるたをして、スキップして、大人になったらビールを飲んで――と未来の約束を語ります。しかしその直後、「素晴らしい。失礼ながら、お先休ませていただきます。」と静かに目を閉じ、おトキの肩に寄りかかったまま逝ってしまいました。残された墓前にはおサワちゃん(円井わん)も駆けつけ、さらにイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)が姿を現し、「It’s been a long time. おトキ師匠。」と語りかけます。
「かるた終わったら、スキップします」――縁側の語らいとヘブンさんの静かな最期
今回の第122話で、いちばん多くの涙をもらったのは間違いなく縁側のシーンです。夕方の斜めの光の中、ヘブンさん(トミー・バストウ)はおトキ(髙石あかり)に、また胸が痛いことを静かに告げます。そしてこう伝えます――自分が逝っても、悲しまないでほしい、と。
それを受け取ったおトキが、ヘブンさんに向かって静かに言葉を紡ぎ始めます。
「子供とカルタして遊びます。」
短い言葉から始まったのに、どんどん続いていきます。
「カルタ終わったら、スキップします。椅子をできるようになるまで。それから、ててぽっぽ、かかぽっぽ。真似して。虫捕まえて。子供たち大人になったら、ベア飲んで酔っ払います。よく酔っ払ったら、またスキップします。」
これはおトキの誓いです。あなたがいなくなっても、子供たちとこうして生きていく。泣いてばかりいない、ちゃんと笑って過ごしていく。その覚悟をひとつひとつ並べた言葉。ヘブンさんへの答えであり、自分への言い聞かせでもあります。
見ているこちらには分かってしまうんです。この言葉を聞いているヘブンさんがどれだけ救われているか。そしておトキがこれを口にしながら、どれだけ必死に平静を保っているか。声に出して「悲しまない」と言うことで、初めてその場に留まっていられる。そういう強さと脆さが同居した場面でした。
「素晴らしい。失礼ながら、お先休ませていただきます。」――最期の言葉が胸に刺さる
ヘブンさんはそのまま穏やかに言葉を閉じます。
「素晴らしい。失礼ながら、お先休ませていただきます。」
武士言葉を長年かけて身につけた人が、最後に選んだのは「お先休ませていただきます」という、日本語で最も静かな退場の言葉でした。おトキは「失礼ないです。お休みくだされ。」とだけ返し、ヘブンさんは「ありがとう。」と呟いて、そのままおトキの肩に寄りかかります。
叫ばない。説明しない。ドラマチックな音楽もない。ただ縁側と夕陽と、ふたりの静けさだけが残ります。SNSでは「号泣」「胸が痛い」の声が相次ぎましたが、それはこの「何も起きていないように見える」場面が、実はすべてを語り尽くしていたからだと思います。
主題歌なし・白フェードで描かれた「あの世」への移行
特筆すべきは演出です。ヘブンさんが息を引き取った後、映像はスローモーションになり、白いフェードで静かに溶けていきました。主題歌は一切かかりません。この静寂こそが演出の完成形で、視聴者を泣かせるための「煽り」を一切排除した、徹底的に誠実な作りだと感じました。「やさしくおだやかな”あの世”感」という言葉がSNSに流れていましたが、本当にその通りで、あの白いフェードはヘブンさんが異国の地でようやく安らいだ瞬間のように見えました。
「私にさよなら言うため咲いた」――返り咲きの桜と熊本の言い伝えが告げた別れの予告
第122話が始まった瞬間から、嫌な予感がしていました。庭に季節外れの桜が咲いていたからです。
くまが
「桜が。桜?帰り咲きですって。不吉の知らせっていますけん。何もなかならよかですが。」
「え?何?熊本の言い伝え?」
「あ、熊本だけなんですかね。」
と心配そうに言葉を探す一方、ヘブンさんは「I think it’ll be cold soon. I love it. 綺麗。嬉しい。」と、ただその美しさだけを受け取っていました。
ふたりの見え方のズレが、すでに何かを語っていたんです。
不吉の前兆として現れた季節外れの桜
熊本に伝わる「桜の返り咲きは不吉の知らせ」という言い伝え。これが第122話の最初の数分で丁寧に提示されます。おトキが不安の色を見せ、地域の言い伝えを確認する場面は、視聴者に向けた静かなフラグ立てです。ヘブンさん自身はこの後、その桜を再び見てこう呟きます。
「咲いた。桜。」
「私にさよなら言うため咲いた。」
おトキが「何言ってるのもう。」と笑って返すと、ヘブンさんは静かに続けます。
「覚えましたね。死ぬとも泣く決してけません。」
これはかつておトキと交わした約束の確認です。「死ぬときも泣かないと決めた」という誓いをヘブンさんが思い出させている。それを受け取りながら、おトキが無言で頷く場面の重さは、言葉では追いつきません。
言葉なき演出で積み上げた「花散る命」の美しさ
桜の花びらが散り、縁側に落ちた枯れ葉がそよ風に舞い上がる――そんな映像の一コマ一コマが、台詞ではなく情景そのもので命の儚さを語っていました。「一切言葉での説明なし」でヘブンさんの死を予感させたこの演出は、SNSでも「抒情的な暗喩」として多くの視聴者に受け取られています。長年怪談と民話を愛し続けたトキの人生に重なるような、自然と死と美の融合でした。
「糸こんにゃく、今度食べてみたい」――叶わなかった小さな願いに涙がとまらない食事シーン
縁側の場面より前、食事のシーンでも心を揺さぶられる場面がありました。ヘブンさんが魚の小骨を取ってほしいとおトキに頼む。それだけのことなのに、どうしてこんなに切ないのかと思っていたら、おトキがこう言うんです。
「昔は毎日取っちょりましたもんね。花田旅館の平田さんのお魚。」
長い長い旅の途中で通り過ぎた花田旅館の記憶。ヘブンさんが「平田さん。懐かしい。糸こんにゃく。」と嬉しそうに応じながら、過去の時間を一緒にたぐり寄せていくやりとりは、夫婦にしか存在しない会話の質感がありました。そして食事の後、ヘブンさんがふと言います。
「糸こんにゃく、今度食べてみたい。」
おトキが「おくまに言っておきます。明日にでも。」と答えると、ヘブンさんは「昨日。」とだけ呟きます。明日ではなく昨日。時間の感覚がすでにずれ始めているのか、それとも昨日のことを思い出しているのか。この一言の重みがじわじわと後から来ます。糸こんにゃくは結局、食べられませんでした。
「さっき。また病。大きい痛み。来ました。」――痛みを堪えながらも日常を演じたヘブンさん
食事のさなか、ヘブンさんが短く言います。「さっき。また病。大きい痛み。来ました。」縁側の語らいとは別に、食事中にも痛みを告げるシーンがありました。
会話の途中、ヘブンさんが短く言います。「さっき。また病。大きい痛み。来ました。」それだけ告げて、また普通に話を続けようとする。「昔のあの店にも行ったことがある」「魚がおいしかった」そういう話に戻ろうとする。痛みを周囲に心配させまいとする不器用な優しさが、この短い台詞一本に凝縮されていました。トミー・バストウがこの台詞を軽くではなく、でも重くなりすぎず、日常に溶け込ませるように言った演技の精度は、見ていて唸るものがありました。
「It’s been a long time. おトキ師匠。」――イライザ登場と残り3話が示す伏線
ヘブンさんが逝った後、場面は墓前へと移ります。おサワちゃんが現れ、ふたりは「ヘブンさんが喜びそうなところですね」と話します。寂しいところが好きだったヘブンさんを偲びながら、知らず知らずのうちに同じ言葉を繰り返してしまうふたり。おサワちゃんが「さっきも同じ話しようたけ」と気づいて、静かに「取り乱した?」と聞きます。
「取り乱せちょる。よう取り乱せちょるな。」――サワちゃんとの墓前シーンで決壊した感情
おトキは「ううん。もう母親だけ。それに、最後があまりに静かであっけなくて。取り乱す暇がなかったいうか、取り乱せんかったいうか。もう、ほんにあっけなくて。だけ。だけ。」と答えます。
「だけ」を繰り返すその言葉が、言葉にならない悲しみの形そのものでした。おサワちゃんが「取り乱せちょる。よう取り乱せちょるな。」と静かに応じる。このシーンは、ヘブンさんの死の場面よりもさらに深いところで刺さりました。ちゃんと取り乱していい。そう言ってもらえる友人がいることの、ありがたさと悲しさが同時に押し寄せてきます。
ばけばけ ロケ地・松江と熊本、ふたつの土地が運ぶ情景の重さ
おトキが「松江は遠いけん」と口にしていることからも、松江・雨清水家の墓が舞台になっていることが分かります。
ばけばけはこのように、熊本と松江というふたつの土地の情景をそれぞれ感情の器として使い分けています。熊本の縁側では日常と別れが静かに交差し、松江の墓前では過去と現在が引き寄せられる。ばけばけの自然描写は単なる背景ではなく、ドラマの感情を運ぶ媒体として機能していて、この最終週においてその効果は最大値を迎えていると感じます。西向きの縁側で見る夕陽は、西の彼岸、つまりあの世への旅立ちを意味する日本的な死生観そのもの。脚本と美術と土地の記憶が三位一体になった演出の密度は、並大抵ではありません。
そして第122話のラスト、雨清水家の墓前におじじ様と並んで立つおトキの前に、一人の人物が現れます。
「It’s been a long time. おトキ師匠。」
イライザ・ベルズランド(シャーロット・ケイト・フォックス)の登場です。英語と日本語を混ぜたこの挨拶が、ヘブンさんとの縁を持ちながらも世界を飛び回ってきた彼女の時間をひと言で表していました。史実ではラフカディオ・ハーンの死後、妻・小泉節子(おトキのモデル)のもとへ旧友が弔問に訪れた記録があります。そのリアリティをドラマに重ねた瞬間に、「ばけばけは作り話ではない」という感覚が改めて押し寄せてきました。残り3話、イライザはどんな役割を担うのか。そしておトキの物語はどう幕を閉じるのか。目が離せません。
まとめ|今回の見どころ・伏線
- 返り咲きの桜と熊本の言い伝え:不吉の前兆として第122話冒頭に提示され、ヘブンさんの「私にさよなら言うため咲いた」という台詞で見事に回収された。自然描写と死が完璧にリンクした演出。
- 「カルタ終わったら、スキップします」というおトキの誓い:ヘブンさんに「悲しまないで」と告げられたおトキが、これからの日々をひとつひとつ言葉にして返した覚悟の台詞。強さと脆さが同居した、今回最大の泣きどころ。
- 「糸こんにゃく、今度食べてみたい」という叶わなかった小さな願い:食べられないまま逝ってしまった事実が、後から静かに刺さる。食事シーンの温かさがそのまま悲しみに変わる瞬間。
- 主題歌なし・白フェードの演出:説明なし、煽りなし、ただ静寂で送り出す制作の誠実さ。「あの世感」を映像だけで表現した今週最大の演出ポイント。
- 松江と熊本、ふたつの土地が果たした役割:熊本の縁側では日常と別れが交差し、松江・雨清水家の墓前では過去と現在が引き寄せられる。土地の記憶が感情の器として機能した最終週ならではの演出。
- イライザ登場とおサワちゃんの墓前シーン:「It’s been a long time. おトキ師匠。」というイライザの挨拶は残り3話への重要な伏線。一方、「だけ。だけ。」と繰り返すおトキに「取り乱せちょる。よう取り乱せちょるな。」と返すサワちゃんとのやりとりは、ヘブンさんの死の場面とは別種の涙が来る。おトキの立ち直りへの布石として要注目。
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