「寧々様が可哀想すぎる…」「茶々の本心は弓矢で決まった」——第39話「茶々の本心」は、SNSがそんな言葉であふれた一話でした。井上和演じる茶々が、母・お市の言葉を胸に弓を引き、自らの意思で秀吉の妻になると決める。その裏で、浜辺美波演じる寧々は、豊臣家のために自分の心をそっと押し殺します。感動と「創作が過ぎる」の賛否が同居した45分を、史実と合わせて徹底考察します。
今話のあらすじ
天下人となった秀吉(池松壮亮)の前に立ちはだかるのは、臣従を明らかにしない徳川家康(松下洸平)。秀吉は腹心・石川数正(迫田孝也)を大坂城に呼び、「真田と和睦してもらいたい」と徳川への取り次ぎを頼みます。一方、豊臣家では世継ぎが大きな課題に。養子・秀勝(於次秀勝)は病に伏し、秀吉自身にまだ実子はいません。秀長(仲野太賀)は「跡継ぎのためにも新たな妻を」と、浅井と織田の血を引く茶々(井上和)を娶るよう兄に進言します。しかし母の仇である秀吉を、茶々は許せない。正妻・寧々(浜辺美波)は豊臣家の存続を想い、自らの心を押し殺して縁談を認め、茶々と弓矢で勝負することに。母・お市の言葉を思い出した茶々は矢を放ち、「殿下の妻になりとうございます」と本心を口にします。そしてラスト、石川数正が徳川を捨て、大坂城へ出奔してきたのでした。
「茶々の本心」——「殿下の妻になりとうございます」と、お市から継いだ”選ぶ”覚悟
第39話の核心は、タイトル通り「茶々の本心」でした。両親の仇であるはずの秀吉の妻になるかどうか——その答えを、茶々(井上和)は正妻・寧々(浜辺美波)との弓矢の勝負で出します。
「いつまでも覚悟が決まらないというのなら、私と勝負をしましょう。私が勝ったら、この家のために、殿下の妻となってもらいます。あなたが勝ったら、私はもう何も申しませぬ。的に矢を放ち、より真ん中に近かった方が勝ち。一本勝負でいきましょう」(寧々)
弓を引く刹那、茶々の脳裏によみがえったのは、母・お市の言葉でした。第32話で「母は今、生まれて初めて、おのれが決めた道を進んでいるのじゃ。これほど嬉しいことはない。そなたにもいつか、こういう日が来ることを願うておる」と語ったお市(F32-3)。あの言葉が、娘が「おのれで選ぶ日」に、静かに花開いたのです。
矢を射抜いた茶々は、迷いの消えた表情でこう告げます。
「的の前に立ち、おのれの気持ちが決まりました。父と母の夢のため。そして、豊臣のため。私は、殿下の妻になりとうございます」
復讐でも、強いられた政略でもない。茶々が自分の意思で前へ進む——これが「茶々の本心」でした。第32話の「秀吉の首を取ってみせまする」(F32-2)、第33話でお市から託された守り刀「差し違えようなど、ゆめゆめ思うてはならぬ」(F33-1)という伏線が、ここで大きく転回しました。
「弓矢で決める」は創作が過ぎる?——賛否が割れた演出
一方で、この弓矢対決には「創作が過ぎる」という声も目立ちました。歴史ファンほど引っかかった演出だったようです。
うーん…歴史ファンで沢山の大河ドラマを観てきた身としては、今回の茶々のエピソードはだいぶ創作が過ぎるなぁ… 寧々様と弓矢で勝負も何か違う気がするし…(@0528_iampurple)
弓矢で決めるという演出は創作ですが、誰もがそれぞれの立場や思いを抱えているのが伝わってくる回でした。(@20041118)
ただし、その創作には明確な狙いがあった、と読み解く声も少なくありません。結婚や出産といったデリケートな主題を、現代の視聴者に受け入れられる形で描くには、「茶々が自分自身で選んだ」という筋道にするしかなかった——という見方です。
豊臣兄弟、結婚とか出産について だいぶ表現に気を遣っているなぁと感じるから、「茶々が自分自身で選んだ」と持っていくより他にないんだろうな(@bearbeartea)
茶々を豊臣家を最期まで守り抜く気高いキャラにするためには必要な描き方だったのかな…そして来週嫌すぎる(@mk_kirinkuru)
後の淀殿として豊臣家に殉じる茶々を、受け身の政略の駒ではなく「自ら選び取った気高い女性」として描く。そのための弓矢対決だった、と考えると腑に落ちます。なお、井上和の凛々しい弓は第38話の弓の稽古シーンから続くもので、井上和自身が高校時代に弓道部だった実体験が活きています。茶々役・井上和の見どころは茶々役・井上和のキャスト考察記事でも詳しく解説しています。
「寧々様が可哀想すぎる…」——豊臣家のために心を押し殺した正妻の強さと切なさ
今話、茶々と並んでSNSの感情を強く揺さぶったのが、浜辺美波演じる寧々でした。夫・秀吉に新たな妻を迎えさせる——正妻として、これほど辛い役回りはありません。それでも寧々は、豊臣家の存続のために、自らその縁談を認めます。
今回は寧々(演:浜辺美波さん)が可哀想だった。(@kai_yen_p_bsp)
子に恵まれなかった寧々にとって、守るべき「子」とは、豊臣家そのものでした。
「私にとっては、この家こそが、あなたとの子にございます。その子を守るためなら、どんなことでも、喜んで受け入れます。ただ、茶々が傷つくようなことだけは、なさらないで」(寧々)
自分の寂しさを飲み込んで、茶々の身まで案じる。その自己犠牲的な強さに、視聴者は「可哀想」と「かっこいい」のあいだで胸を痛めました。
寧々の豊臣家を想う気持ちが特に出てた印象。それでも辛いなぁ……。(@FourRami)
おねねさま強火担の私にはあまりにつらく胸が痛いので、前半の兄弟がイチャイチャしてるところだけ見返します。それはそれとして数正気になるな!!(@suzune6121216)
寧々の”本心”——実は「断ってほしい」と願っていた
この回がむごいのは、寧々が茶々に弓矢の勝負を持ちかけたとき、その胸の内では別の願いが揺れていたことです。勝負のあと、寧々は静かに本心を漏らします。
「茶々がどちらを選ぶかまでは、私にもわかりませんでした。でも、茶々に問いかけた刹那、私は願ったのです。……誰かの妻にはならぬ、と言ってくれることを」
豊臣家の正妻として、夫に側室を迎え入れるのは「あってはならぬこと」。頭では家のために認めながら、心のどこかでは「茶々、断って」と願っていた。けれど茶々は「妻になりたい」と選び、寧々の願いは叶わなかった——。表の強さと裏の繊細さの落差が、この人物の切なさを決定づけました。
お茶々が前に進む時、想い出すのはいつだって母であるお市様の言葉なんだよね…。お寧々様は表では強い心で皆を支えてるけど、裏では繊細で辛い思いをしてるんだよなぁ…。(@yuzu_sio_lemon_)
「女の勝負」と呼ばれたこの弓矢対決は、勝った寧々が実は”負け”を望み、負けた側の願い(茶々の妻入り)が通るという、二重のねじれを抱えた名場面でした。第33話で三姉妹の世話役となり「決して辛い思いはさせませぬ」と誓った寧々(F33-4)が、その約束と豊臣家の都合のあいだで引き裂かれる——後の北政所と淀殿の関係の、苦い出発点でもあります。
なぜ秀長は茶々を勧めたのか——世継ぎ問題・秀勝の病と「浅井と織田の血」
そもそも、なぜ天下人の秀吉が今になって新たな妻を娶る話になったのか。背景にあったのは、豊臣家の深刻な「世継ぎ問題」でした。
秀吉には実子がなく、頼みの養子・秀勝(於次秀勝=信長の子で秀吉の養子)は病に伏し、「余命いくばくも知れぬ」身。信長の血を引く貴重な後継候補が、静かに弱っていきます。もう一人の後継候補である甥の秀次(山田涼介)は、すでに池田恒興の娘を正室に迎えていました。豊臣の未来を背負う「次の世代」が、どこか心許ない。そこで秀長(仲野太賀)は、兄に実子をもうけさせるべく、新たな妻を迎えることを進言します。
秀長が白羽の矢を立てたのが、茶々でした。
「浅井の血を引く娘じゃ。そして、浅井も織田も。織田と浅井の血が、豊臣で一つとなるのじゃ」(秀長)
浅井長政とお市の娘である茶々を娶れば、織田・浅井・豊臣の血が一つに結ばれる。お市も浅井長政も成し得なかった「天下人」の夢を、茶々の生む子が叶えるかもしれない——。それは政略であると同時に、滅びた浅井・織田への弔いでもある、という理屈でした。
しかし秀吉は、これに猛反発します。茶々にとって秀吉は、母・お市を死に追いやった仇。その娘を妻にするなど、と兄弟は激しくぶつかります。茶々自身も、はじめは頑なでした。
「私は、豊臣の政のために、いいように使われるのを、真っ平でございます」(茶々)
ここで効いてくるのが、秀吉夫婦・秀長夫婦が茶々に「夫婦の良さ」を語って聞かせる、ほのぼのとした前半のくだりです。薪割りや水汲みの力仕事から解放された、話したいことをすぐ話せる——と語る一方、秀長は「わしも初めは、妻から仇と思われておった。ほとんど口も利いてもらえなんだ」と、自身と慶の歩みを打ち明けます。仇から始まった縁が、かけがえのない味方に変わることもある。この伏線が、茶々の心をほどく土壌になっていました。
#豊臣兄弟! 第39回ハイライト・秀長『兄にできないことをするのが、弟の務め』・自分が傷つきながらも茶々を気遣う寧々様・女の勝負!・石川数正出奔(@sayo_kitaori)
栄光の頂点に、ひびが入り始めた——三成 vs 清正・正則、第二世代の火種
関白となり、新たな氏「豊臣」も得て、まさに栄光の頂点に達した豊臣家。しかしこの回は、その足元に生じ始めた”ひび割れ”を、随所にちりばめていました。SNSでは、情報量の多さと不穏さを指摘する声が相次ぎました。
『豊臣兄弟!』39話。本心を押し殺す寧々、正則・清正と三成の対立、織田家から養子として迎えた於次秀勝を襲う病、とも・秀次母子の野心。栄光の頂点に達した豊臣家が、少しずつ、少しずつひび割れてゆく。(@sengaiakiyuki)
象徴的なのが、石田三成(松本怜生)と、福島正則(松崎優輝)・加藤清正(伊藤絃)の対立です。知略で政を支える三成(文治派)と、武功を誇る清正・正則(武断派)。後に豊臣家を内側から割っていく「文治派 vs 武断派」の対立構図が、天下統一も待たぬこの段階で、早くも火種として置かれました。
さらに、秀次(山田涼介)の「俺が茶々様とくっつけば良いのでは?」という一言や、母・とも(宮澤エマ)と秀次母子にのぞく野心も、後の秀次事件(F35-1)への長い布石です。世継ぎ問題・派閥対立・第二世代の野心——滅びの遠因が、栄華の絶頂で静かに芽吹いていました。
今日の豊臣兄弟! 情報量が多い!!メインストーリーの寧々と秀長の後押しによる秀吉と茶々の婚姻以外にも、秀次の切腹への布石・石田三成と福島正則・加藤清正との確執・石川数正のスパイ潜入があり、変だけど上手い! 変だけど!(@babie)
【迫田孝也】石川数正、徳川を捨てて出奔——「真田と和睦」交渉の果てに
そしてラスト、視聴者に最大の衝撃を与えたのが、石川数正(迫田孝也)の出奔でした。
物語の発端は、秀吉が数正を大坂城に呼び、徳川への取り次ぎを頼んだことにあります。
「こたびは、徳川殿においでって頼みがあってのう。……真田と和睦してもらいたい」(秀吉)
徳川は、北条との盟約(信濃・上野の領地を北条と分け合う約束)を守るため、信濃の国衆・真田との戦いを続けていました。先の上田での戦い(第一次上田合戦)で痛手を負ったばかりの徳川にとって、「ここで手を引けば面目が立たない」。しかし秀吉は、天下人としてその私戦を止めにかかります。数正に持たせた手土産は、大量の金。「徳川殿には金の方がふさわしかろう」という秀吉の言葉には、徳川を金で動かそうとする天下人の余裕と、どこか人を食った凄みがにじみます。
この交渉で、弟・秀長の献身が光りました。
「いざとなれば、次は私が浜松へ出向こう。兄が頭を下げることはできぬ。ならば、わしがいくらでも下げよう。兄にできぬことをするのが、弟の務めじゃ」(秀長)
関白である兄に代わって、自分が家康のもとへ出向いて頭を下げる——と申し出る秀長。第36話の四国攻めや第38話の大和統治で見せた「兄の名補佐役」としての生き方が、対徳川外交でも貫かれていました。
一方、浜松に戻った数正を待っていたのは、主戦論一色の家中でした。徳川四天王をはじめとする武断派は、豊臣との対決を唱えて譲りません。豊臣の圧倒的な勢いを目の当たりにし、「このままでは徳川が滅びる」と和平を説く数正は、ただ一人、家中で孤立していきます。家康も、秀吉との和睦を拒み、対豊臣の戦支度を進めていました。
「秀吉と秀長……今すぐ、死んでくれんかのう」(家康)
家中には、秀吉・秀長の死を待ち、残された者を討つという長期戦の策すら語られます。外交の窓口として板挟みになり、居場所を失った数正は、ついに決断します。大坂城に単身現れた数正は、こう宣言しました。
「この石川数正、徳川を捨て、出奔してまいりました」
秀吉の「出奔。なぜそのような!」という驚きの声で、この回は幕を閉じます。家康の最古参の重臣が、なぜ主君を捨てたのか——その衝撃に、SNSは騒然となりました。
「豊臣兄弟!」第39話を観た。今回は寧々(演:浜辺美波さん)が可哀想だった。そしてラストで石川数正(演:迫田孝也さん)出奔。次回は遂にあさひ(演:倉沢杏菜さん)が……。(@kai_yen_p_bsp)
数正はこれまで、第34話で家康の最側近として一貫して描かれ、大坂城へ初花肩衝を届ける使者も務めてきました(F34-2)。その積み重ねがあったからこそ、この出奔は重い。そもそも石川数正とは何者で、なぜ主君を捨てたのか、出奔の諸説とその後(信濃松本8万石)については、石川数正(迫田孝也)の深掘り記事で徹底解説しています。あわせて、数正出奔を含む家康と徳川家臣団の物語は、徳川家康(松下洸平)の深掘り記事でもまとめています。
史実との比較——秀吉と家康の関係調整、真田問題、石川数正出奔、淀殿と淀城、秀勝の早世
本話の背景となった史実を整理します。
秀吉と家康の関係調整と「真田問題」。 天正13年(1585年)、関白となった秀吉にとって最大の懸案は、小牧・長久手で矛を交えた徳川家康をいかに臣従させるかでした。この頃、徳川は北条との同盟(沼田領などの割譲約束)を背景に信濃の真田昌幸と対立し、閏8月の第一次上田合戦で真田に大敗しています。秀吉は天下人として諸大名の私戦をやめさせる「惣無事」の論理を背景に、徳川と真田の停戦に乗り出しました。ドラマが「真田と和睦してもらいたい」という依頼を数正出奔の呼び水に置いたのは、史実の政治状況を的確に踏まえた構成です。
石川数正の出奔。 石川数正は、家康が今川の人質だった頃から仕えた最古参の重臣で、外交・交渉の名手として秀吉との窓口を務めてきました。史実では天正13年(1585年)11月13日、岡崎城から妻子や家臣を連れて出奔し、秀吉のもとへ走ります。出奔の理由を明記した同時代史料はなく、人質問題で和平を主張して強硬派の家中で孤立したとする説、秀吉の実力を見て抵抗を無謀と判断したとする説、秀吉の調略・厚遇によるとする説などが並び、定説はありません。影響は甚大で、徳川の軍制・城の弱点を知り尽くした数正の離反により、家康は三河以来の軍制を武田流(甲州流)に改めるなど大規模な立て直しを迫られました。数正はのちに信濃松本8万石の城主となります。ドラマは諸説あるこの「謎」を、徳川家中の主戦論と数正の孤立という形で物語化しました。
秀勝(於次秀勝)の病と早世。 於次秀勝は織田信長の子で、秀吉の養子に入った人物です(第26話で養子・初陣、第31話で信長葬儀の喪主を務めた秀勝)。史実では天正13年(1585年)12月、18歳前後の若さで病没します。「余命いくばくも知れぬ」という本話の描写は、この早世を踏まえたもので、秀吉の世継ぎ問題がいよいよ切実になる転機を示しています。
茶々の側室入りと淀殿・淀城。 史実の茶々(のちの淀殿)は、浅井長政とお市の長女として生まれ、小谷落城・北ノ庄落城で両親を相次いで失ったのち、秀吉の庇護を受けて側室となりました。茶々が秀吉の子を産むため、天正17年(1589年)に秀吉は京都・淀の地に淀城を改修して与えます(「淀殿」の名の由来)。この淀城の普請を弟・秀長が担当し、産所の準備には正室・寧々も関わったと伝わります。茶々は鶴松・秀頼を産み、秀吉の死後は豊臣家の命運を背負い、慶長20年(1615年)、大坂夏の陣で46年の生涯を閉じました。
養源院と妹・江。 茶々は後年、父・浅井長政の供養のために京都に養源院を創建します。茶々の死の翌年、法要を執り行ったのは、徳川家に嫁いだ妹・江(ごう=徳川秀忠の正室)だったと伝わります。浅井・織田・豊臣——三つの家に生きた茶々の生き様は、紀行でも「今も語り継がれている」と締めくくられました。
弓矢対決は創作。 茶々と寧々が弓矢で側室入りを決するという展開は、史実にはないドラマ独自の創作です。寧々(北政所)が弓の名手だったという記録もありません(劇中では「元・織田家の弓衆の娘」という設定が、父・浅野長勝が織田家に仕えた武士であることと結びつけられています)。「茶々が自分の意思で選んだ」とする脚色は、受け身の政略結婚を避け、茶々を主体的な人物として描くための演出と読めます。
今話の伏線・考察まとめ
各話の未回収・回収済み伏線は、伏線まとめページで随時更新しています。
- [F39-1|茶々の側室入り決定「殿下の妻になりとうございます」|一部回収・継続] 寧々との弓矢対決に象徴される「茶々の本心」。母・お市の言葉(F32-3)を胸に、茶々が自らの意思で秀吉の妻となることを選ぶ。F38-4・F32-2・F33-1からの大転回。後の淀殿・鶴松・秀頼、豊臣家の命運へと続く最重要の長期伏線として継続。
- [F39-2|石川数正(迫田孝也)の出奔|回収] F34-2(数正の出奔フラグ)がついに結実。秀吉の「真田と和睦」依頼と、主戦論一色の徳川家中での孤立を経て、数正が徳川を捨て大坂城へ出奔。史実の天正13年11月の出奔に対応。徳川の軍制改編・対豊臣戦略に直結する歴史的転換点。
- [F39-3|秀勝(於次秀勝)の病と豊臣家の世継ぎ問題|継続] 信長の血を引く養子・秀勝が病に伏し「余命いくばくも知れぬ」身に。秀吉に実子なく、秀次(池田恒興の娘を妻に)も心許ない。この世継ぎの空白が、茶々の側室入り(F39-1)と後の秀次事件(F35-1)の双方を駆動する豊臣家の構造的弱点として継続。
- [F39-4|三成 vs 清正・正則——文治派と武断派の対立の萌芽|新規・継続] 石田三成(松本怜生)と福島正則(松崎優輝)・加藤清正(伊藤絃)の確執が早くも描かれる。後に豊臣家を内側から割る「文治派 vs 武断派」対立・関ヶ原への最長期伏線。F32-4(賤ヶ岳七本槍)とも接続。
- [F39-5|寧々の自己犠牲と「この家こそがあなたとの子」|継続] 子のない寧々が、豊臣家の存続のため自ら縁談を認める。本心では茶々が断ることを願いながら。F33-4(寧々と三姉妹「辛い思いはさせませぬ」)から続く、後の北政所と淀殿の関係の苦い起点。継続。
- [F38-4|茶々の側室候補化と秀吉の心の揺らぎ|F39-1へ発展] 前話の心の揺らぎが、本話で「殿下の妻になりとうございます」の決断(F39-1)へと結実した。
来週予告考察——第40話「あさひの輿入れ」、涙の政略結婚と豊臣家の犠牲
次回・第40話(10月18日放送)のサブタイトルは「あさひの輿入れ」。秀吉の妹・あさひ(倉沢杏菜)が、徳川家康のもとへ輿入れする——史実を知る視聴者にとって、予告だけで涙腺が刺激される最大の山場です。
そして、来週ぅ!あさひちゃんに悲しい顔させるんじゃないよぉ!(@yuzu_sio_lemon_)
今までいろんな伏線があり、ここを見てきた豊臣兄弟のあさひ。絶対涙無しでは見られない、とてもとても重要な回になる。(@EXLDH24oy)
史実では、秀吉は家康を臣従させるため、天正14年(1586年)に妹・旭(朝日姫)を家康の正室として差し出します。旭にはすでに夫がいたとされ、その縁を断ってまでの政略結婚でした。本話で描かれた「あさひの夫婦の会話」が、来週その悲劇の伏線として回収されると見られています。
今日のあさひの夫婦の会話は来週回収されちゃうし。(@itsuki3desu)
そして、第39話で始まった豊臣家の”ひび割れ”が、次週さらに加速するのではという不安の声も。茶々の側室入り、石川数正の出奔に続き、妹の政略結婚という厳しい決断——栄光の裏で払われる犠牲が、いよいよ重くのしかかります。
「茶々の本心」の次は「あさひの輿入れ」豊臣家滅亡までやるのか???(@ktamak)
※次回・第40話の詳しい考察は、【豊臣兄弟!第40話 ネタバレ感想】(内部リンク)で公開予定です。
よくある質問(FAQ)
- 第39話「茶々の本心」で、茶々はなぜ秀吉の妻になると決めたの?
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正妻・寧々(浜辺美波)との弓矢の勝負を通じて、茶々(井上和)が自らの意思で決断しました。弓を引く刹那、母・お市の「おのれが決めた道を進む喜び」という言葉を思い出し、「父と母の夢のため。そして、豊臣のため。殿下の妻になりとうございます」と本心を口にします。母の仇への復讐でも、強いられた政略でもなく、「自分で選び取った」という点が「茶々の本心」というタイトルの核心です。
- 寧々(浜辺美波)が「可哀想」と言われるのはなぜ?
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子のない寧々は、豊臣家の存続のために、夫・秀吉へ新たな妻(茶々)を迎え入れることを自ら認めます。「この家こそが、あなたとの子」と家を守る覚悟を見せつつ、本心では「茶々が断ってくれること」を願っていました。その願いが叶わず、正妻でありながら身を引く姿が「可哀想」「でもかっこいい」とSNSで大きな共感を呼びました。
- 茶々と寧々の弓矢対決は史実なの?
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いいえ、ドラマ独自の創作です。史実に茶々と寧々が弓で側室入りを決めたという記録はなく、寧々(北政所)が弓の名手だったという記録もありません。劇中の「元・織田家の弓衆の娘」という設定は、寧々の父・浅野長勝が織田家に仕えた武士であることを踏まえたものです。受け身の政略結婚ではなく、茶々を主体的に描くための演出と考えられます。
- 石川数正(迫田孝也)はなぜ徳川を出奔したの?史実では?
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ドラマでは、秀吉の「真田と和睦してほしい」という依頼をめぐり、主戦論一色の徳川家中で和平を説く数正が孤立していく様子が描かれ、その果ての出奔として表現されました。史実の石川数正は天正13年(1585年)11月13日に岡崎城から出奔し秀吉に仕えますが、理由を記した同時代史料はなく、家中での孤立説・秀吉の実力を認めた説・調略説など諸説あり、定説はありません。離反により家康は軍制を武田流に改めるなど大きな影響を受けました。
- 病に伏していた「秀勝」とは誰?
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於次秀勝(おつぎ ひでかつ)のことで、織田信長の子でありながら秀吉の養子に入った人物です。実子のいない秀吉の後継候補でしたが、史実では天正13年(1585年)12月、18歳前後の若さで病没しました。「余命いくばくも知れぬ」という第39話の描写はこの早世を踏まえたもので、豊臣家の世継ぎ問題(茶々の側室入りの背景)を際立たせています。
- 次回・第40話「あさひの輿入れ」はどんな話?
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秀吉の妹・あさひ(倉沢杏菜)が、徳川家康のもとへ正室として輿入れする回です。史実では天正14年(1586年)、秀吉が家康を臣従させるため、すでに夫のいた妹・旭を離縁させてまで家康に嫁がせました。第39話で描かれた「あさひの夫婦の会話」が伏線として回収されると見られ、「涙必至」「重要な回」と予告段階から大きな反響が出ています。
